タイトル−のんび便り
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 ◆ 師走(しわす)
 2014/12/30

 師走(しわす)。旧暦の12月を表す言葉だが、今では新暦12月の代名詞になっている。その語源は諸説あるようだが、12月は皆忙しく、普段は走らない師匠さえも趨走(すうそう)することから「師趨(しすう)」と呼び、これが「師走(しはす)」になったと言う説や、師とは法師(坊さん)で、法師が各家で経を読むために馳せ走る「師馳月(しはせつき)」であるとする説などが有力のようだ。今年の12月もあとわずか、明日はもう大晦日である。

 そんな師走(しわす)の最中に行なわれた衆院選、投票日は14日。目論んだ者の思惑通りかどうかは知らないが、その投票率は戦後最低となり、結果は知っての通りである。そのことが吉と出るのか凶と出るのか、徐々にその形は見えてくるだろうが、企業なども含めて、強きもの優先の、弱者にはかなり厳しい世の中になるのは確実のように思える。
 後々に「あの時の判断が間違ったため・・・」と言われないためにも、今後の動きを注意深く見ていく必要があるが、30年後、いや、50年後100年後、未来を生きるものたちのためにどんな社会を残せるのか、もう一度真剣に考える必要があるだろう。やはり、今を生きる大人たちの責任は、かなり大きい。

 愚痴っていても始まらぬ、まだまだこれからだ!ということで、来年、2015年が全ての人にとってより良い年になることを祈って、今年最後の「のんび便り」とする。

◆    ◆    ◆
なお、筆者多忙のため、今年最後の「のんび便り」は写真がありませんが、「のんび荘」近辺の自然はまだまだ元気です。
その「のんび荘」、1月と2月は冬眠休業に入ります。その冬眠から目覚めた頃、またここでお会いしましょう。
来年もよろしくお願いいたします。
コメント:クロコ


 ◆ 霜月(しもつき)
 2014/11/15

 11月。「霜月(しもつき)」とも呼ばれている。旧暦を指す言葉だが、今は新暦の11月の別名として用いられている。これは他の月と同様である。
「霜月(しもつき)」は文字通り霜が降る月の意味だが、他に「食物月(おしものづき)」の略であるとする説や、「凋む月(しぼむつき)」「末つ月(すえつつき)」が訛ったものとする説もあるようだ。また、「神楽月(かぐらづき)」、「子月(ねづき)」の別名もある。
 そんな11月、7日は立冬となる。この立冬から立春までが“冬”ということになるが、夏の終わりから寒暖の差が激しく、まだ秋を満喫したとは思えない私としては、暦上とはいえ、早すぎる冬の到来である。
 先日までとは打って変わって、まるで12月の下旬を思わせるような気候の中、吹き付ける冷たい風を背に感じながら、妙琴公園辺りを散策してみた。ピークを過ぎたモミジの葉は、強い風に煽られはらはらと落ちてくる。広がる落ち葉の絨毯は、秋の終わりと冬の到来を感じさせる。立冬を過ぎ、もう“冬”と呼ぶべき季節になったのだろう。

 先月のことだが、なんとも嬉しくないニュースが飛び込んできた。「リニア新幹線、着工認可」である。山積みの問題点が何一つ解決されないままに、国もJR東海自体も事業としてペイ出来ないと断言しているものが、なぜ認可されてしまったのか。9兆円とも10兆円ともいわれるこの事業だが、頓挫すれば、その“ツケ”は国民に回ってくるのは明らか、“バラマキ”といわれる今の政権だが、次世代に残すものが、壊された環境と多大な借金では、なんとも情けないと思うのはわたしだけだろうか。
 そういえば、10月は神無月とも呼ばれている。飛び込んできたニュースからさすが“神のいない月”と思ったが、“10月は出雲大社に全国の神が集まるため出雲以外に神がいなくなる”というのは、中世以降に出雲大社の御師が全国に広めた民間語源ということ。いわゆる俗説らしい。神を祭る月ということから「神の月」というのがその語源の一番の有力説とされているが、なんにしても、人の行なう所業には、神々も呆れていることだろう。
 そんなリニアは、この山麓公園のすぐ上を、横を流れる松川を横切って通ってゆく。それを知ってか知らずか、山麓の木々たちは、今年も来春に芽吹く準備に余念がないようだ。来月はもう師走、豪雪に見舞われた昨年の冬だったが、今年はどんな冬になるのだろう。

◆    ◆    ◆
〇写真
一枚目:妙琴公園入り口付近の風景。色付いた葉は、はらはらと落ち、落ち葉の絨毯を作っていきます。
二枚目:釣り橋付近から見た、「のんび荘」の紅葉。残り少ないながらも、色鮮やかに館を飾り立てています。
撮影日:2014年11月14日。
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 長月(ながつき)
 2014/09/20

 筆者の諸事情により更新が滞った「のんび便り」、三ヶ月ぶりの更新である。
 長月(ながつき)、太陰太陽暦の9番目の月、つまり旧暦の9月ことだが、現在では新暦9月の別名としても用いることが多い。これは他の月と同様だろうか。この長月(ながつき)と言う呼び名は、正直あまり頻繁には使われないように思うが、その語源には諸説あるようである。
「夜長月(よながつき)」の略説、「長雨月(ながあめつき)」の略説、「稲刈月(いなかりつき)・「稲熟月(いなあがりつき)」・「穂長月(ほながつき)」の説、「名残月(なのこりつき)」が転じたという説など、かなりあるようだが、ネットで調べた限りでは、夜がだんだん長くなる「夜長月(よながつき)」の略という説が一番有力とのことだ。
これが別名となるともっと多いようだ。色どり月(いろどりづき)、祝月(いわいづき)、詠月(えいげつ)、菊開月(きくさきづき)、菊月(きくづき)、晩秋(くれのあき)、玄月(げんげつ)、建戌月(けんじゅつづき)、青女月(せいじょづき)、竹酔月(ちくすいづき)、寝覚月(ねざめづき)、晩秋(ばんしゅう)、暮秋(ぼしゅう)、紅葉月(もみじづき)など、その名からは、その季節の情景と命名した意味・意図が伝わってくる。

 朝晩の冷え込みが例年になく著しくなってきた今年の9月、まるで10月後半か11月初旬のような気候である。このまま、秋の季節を感じないで、冬に向うのだろうかと、やや心配にもなってくるが、「のんび荘」近くの山麓公園辺り、晴れた日などの陽だまりは、穏やかな秋の香りを感じることが出来る。野草たちがこの気温の変化をどう感じているのか分からないが、彼らは夏の終わりを感じて種(しゅ)の保存のための準備に余念がないようだ。
 よく「自然界は弱肉強食」というこという。しかし、本来自然界の仕組みは「共存共栄」と言ったほうが正しいだろう。それでなくては、強者と思われている種(しゅ)も滅んでしまうことになる。
この星の自然とは無縁には生きられない我々人類、社会形成の上で、その簡単な答えにたどり着けるのはいつになるのだろう。
秋に向けて、花から結実へ。野草たちの振る舞いに、そんなことを考えながら歩く私の頬を、秋の香りを乗せた風がなぜていった。多分、今年の秋も短いのだろう。この麓の木々が色付くのはいつごろになるのだろうか。

◆    ◆    ◆
〇写真
一枚目:大錦草(おおにしきそう)。街道から「のんび荘」まで下る道途中の妙琴ツツジ園で見つけたもの。
二枚目:秋の田村草(あきのたむらそう)。「のんび荘」川向こう、妙琴公園での撮影。
撮影日:2014年9月8日、及び9月12日。
撮影・コメント:クロコ

なお、2014年9月4日、9月8日・12日に撮影した画像をFacebookにあげてありますので、宜しければそれもどうぞ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.694935570575607.1073741843.421377304598103&type=1
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.701135753288922.1073741844.421377304598103&type=1


 ◆ 雨の季節
 2014/06/28

 6月、雨の季節である。別名「水無月(みなづき)」と呼ぶが、これも他の月同様に旧暦の話で、新暦では6月下旬から8月上旬ごろに当たるということである。
この水無月(みなづき)と言う呼び名は、梅雨が明け、水が涸れてなくなる月と解釈されることが多いようだが、田植が終わり田に水を張る月「水張月(みずはりづき)」、「水月(みなづき)」から来たと言う説も有力と聞く。なんにしても、この時期の雨は、農を主体として生きてきたこの国の民には、かなり大きな意味を持っていたのが窺える。

 欲しい時には望めず降れば豪雨の昨今、今日の農を営む人たちの苦労が偲ばれるが、自給率低下が著しいこの国の農産物、私の住む地域でも、一つ二つと、田が、畑が消えてゆく。
戦後、某大国の意のままに、農を捨て工業化に突き進んだこの国、その甲斐あってか「経済大国」と呼ばれる時代もあったが、その崩壊と某大国の経済の影響を受け、頼みの経済は今やこのざまである。失ったものの大きさに気付き、軌道修正できる絶好の機会と思っていたが、バブルの再来を願っているのか、性懲りもなく経済主動で突き進もうとしている現政権には、それも望み薄というところか。人は学習する動物というが、原発推進にTPP、あげく憲法解釈による集団的自衛権となれば、学習も教訓も存在しないように感じてしまう。
そんな政権を誕生させてしまった責任は、我々一人一人にあるのは確かだが、そんな自責の念を感じながらも、次世代の者達に何を残してやれるのか、もう一度真剣に考える必要があるのだろう。
 そんなことを考えながら歩く山麓公園辺り、珍しく梅雨らしいどんよりとした空の下、それでも吹き抜ける川風は、あくまでも爽やかである。
6月ももうじき終わるが、来月の雨量は多めと言う予報、豪雨にならないことを願いつつ、曇った空を見上てみる。
さて、今年の梅雨明けはいつごろになるのだろう。

◆    ◆    ◆
〇写真
一枚目:妙琴ツツジ園内のサイクリングロードの脇にある、山桜の実。
酸味が強く食用には適さないとのことですが、黒く熟したものはなんとか食べられるらしい。果実酒なんかには良いかも知れませんね。
二枚目:妙琴ツツジ園から、川沿いのサイクリングロードへ降りる石段の脇で見つけた、冬青(そよご)の花。まだ小さい木で地面を這うように枝を伸ばしていました。
撮影日:2014年6月12日。
撮影・コメント:クロコ

なお、2014年6月12日と6月15日に撮影した画像をFacebookにあげてありますので、宜しければそれもご覧下さい。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.656226894446475.1073741839.421377304598103&type=1


 ◆ 緑の季節
 2014/05/25

5月。旧暦の5月を皐月(さつき)と呼ぶが、今では新暦の5月の別名としても用いることが多くなった。
その5月の気候の表現に「五月(さつき)晴れ」という言葉がある。穏やかな5月の気候を象徴するかのように使われることが多いと思うが、本来この言葉、梅雨の合間の貴重な晴れ間のことを言ったもの、「五月雨(さみだれ)」と共に、梅雨の気候を表した言葉ということだ。
「五月(さつき)晴れ」は「皐月(さつき)晴れ」、「五月雨(さみだれ)」は「皐月雨(さみだれ)」とも書かれ、「さつき」は、田植えの時期を表した「早苗月」が語源といわれている。新暦になった今、その言葉の持つ意味を問うてみても始まらないが、その中に、季節と共に生きてきた、我々祖先の暮しが見て取れる。その中に、季節の、そして自然の重要性を強く感じるのは確かである。

最近、福島を書いた漫画が「風評被害を生む」と、県から指摘を受けたとの報道を耳にした。「毎回行くたびに元気になって帰ってくる」と嘯く政務官はあんまりと言うほかはないが、「書かれた内容は真実だ」との声が多いのも事実である。やはり、その矛先は間違えるべきではないだろう。
“原子力発電”。限られた国土の中、自然と共に生きてきたこの国の人々、土地が汚れ、川が汚れ、そして海が汚れた時、いったい何が残るのか。たかが電気を得るためならば、リスクが大きすぎると思うのは私だけだろうか。それとも、他の目的でもあるのだろうか。
そんなことを考えて歩く山麓公園辺り、木々の緑は、新緑の淡い色から、徐々に力強い色へと変化を始めている。爽やかな月も終わりに近づいた。あと、ひと月もすれば梅雨の季節に入る。降れば豪雨の昨今、今年はどんな梅雨になるのだろう。

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〇写真
一枚目:妙琴橋からの風景。木々の緑も春の色から、徐々に夏の緑にと変わりつつあります。
二枚目:妙琴ツツジ園から川沿いのリングロードへ降りる石段の脇で見つけた鎌酸実(がまずみ)。
スイカズラ科ガマズミ属の落葉低木。
学名:Viburnum dilatatum。
英名:Linden viburnum、Linden arrow-wood。
撮影日:2014年5月13日。
撮影・コメント:クロコ

なお、2014年5月3日から5月13日までに撮影した画像をFacebookにあげてありますので、宜しければそれもご覧下さい。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.645267538875744.1073741834.421377304598103&type=1

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