タイトル−のんび便り
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 ◆ 早春の日に
 2016/03/05

 今日3月5日は「啓蟄(けいちつ)」、立春から雨水を経て、「二十四節気(にじゅうしせっき)」の三番目の節気になる。春の季語でもあり、誰もが知る言葉だろう。その二十四節気を、さらに約5日ずつの3つに分けた「七十二候(しちじゅうにこう)」というのがある。その7番目を「蟄虫啓戸(ちっちゅうけいこ)または(すごもりむしとをひらく)」と言い、「啓蟄」同様、温かくなり冬ごもりの虫が地上に出てくるという意味のようである。
 そんな早春、そんな3月。今月の2日に冬ごもりから目覚めたばかりの「のんび荘」を横目で見ながら川沿いを歩いてみる。日当たりの良い場所には、大犬の陰嚢(おおいぬのふぐり)、種漬花(たねつけばな)など野草が花を付け始めている。川原では、猫柳(ねこやなぎ)の花序が、銀色に輝きながら風に揺れている。三寒四温の中、この山麓の季節は春に向って確実に進みつつあるようだ。

 違憲の事実を無視をして通った法案、福島の教訓が活かされないまま再稼動される原発、和解受け入れも含めて政府の思惑が見隠れする辺野古、そして本当の怖さを隠したまま進むTPP。バラマキ、防衛費増大、国の借金は膨らみ、政治家の取り分は増えるも福祉は削られる。行く末の不安が現実のものとなり始めたと感じている昨今に、まずは政権を変えるための、その簡単方法を、皆が放棄せず真剣に考えて欲しいと切に願っている。
 そんなことを考えながら歩く山麓公園あたり、早春の風はまだまだ冷たい。本格的な春が来るのには、まだまだ時間が必要なのだろうか。

◆    ◆    ◆
【掲載写真】
一枚目、猫柳(ねこやなぎ)。殻を脱ぎ捨てて銀色の花序が顔を出し始めている。
科目名:ヤナギ科ヤナギ属の落葉低木
学名:Salix gracilistyla
英名:Rosegold pussy willow
雌雄異株

二枚目、木五倍子(きぶし)。蕾はまだ固く、総状花序(そうじょうかじょ)はまだ垂れ下がってはいない。
科目名:キブシ科キブシ属の落葉低木
学名:Stachyurus praecox
英名:なし
雌雄異株

撮影日:2016年3月3日
撮影・コメント:クロコ



 ◆ 師走に
 2015/12/31

 師走(しわす)。本来、旧暦の12月を表す言葉だが、知っての通り新暦でも12月の代名詞になっている。語源は諸説あるが、皆が忙しく普段は走らない師匠さえも趨走(すうそう)することから「師趨(しすう)」と呼び、これが「師走(しはす)」になった説、法師(坊さん)が各家で経を読むために馳せ走る「師馳月(しはせつき)」という説などが有力とのことである。

 昨年、その師走の最中に行なわれた衆院選。戦後最低の投票率。その結果、民衆の意思も、その叫びも、完全に無視され、安保法制、辺野古新軍事基地と繋がっていく。不安と危機感が大きく圧し掛かってくる年となっていった。そんな2015年も後一日で終わるが、今の国の現状に、果たせなかった大人の責任が残った。
 来る2016年は申年である。年が明け、現政権の横暴が“去る”ことを祈りながら、次の参院選は、全ての人が、唯一国政に参加できる権利を放棄しないで欲しいと願って2015年を見送りたい。
 来年、2016年が全ての人にとってより良い年になることを祈りながら、今年最後の「のんび便り」とする。

◆    ◆    ◆
昨年同様、年の最後の「のんび便り」は写真がありませんが、「のんび荘」近辺の自然はまだまだ元気です。
その「のんび荘」は1月と2月は冬眠休業に入ります。「のんび荘」がその冬眠から目覚めた頃、またここでお会いしましょう。
皆様良いお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いいたします。
コメント:クロコ

 ◆ 秋から冬へ
 2015/11/30

 やっと冬の気候になったのか、寒さが急に増した11月の下旬、安普請の我が住まいでは、日中でももう暖房が必要である。「冬はこんなもの」と粋がってみたいが、寄る年波のせいか、先日までの気温との格差に、我が身体は対応できないようである。なんにしても、この大きな寒暖の差はさすがに身に応える。先日までの温かさが恋しい今日この頃である。
 その温かった11月の中旬のこと。11月とは思えない気候になんとなく違和感を感じながらも、秋の名残りを残す山麓公園辺りを散策してみた。温かいとはいえ11月、木々は葉を落とし、遠めに見ても秋から冬へと変わり始めているのが分かる。冬枯れに向う風景は昔から好きだったが、今年は少々雰囲気が違うようだ。
 ふと足元を見ると、烏野豌豆(からすのえんどう)が芽を出している。これはさすがに驚いたが、周りを見れば、酢漿草(かたばみ)、犬の陰嚢(いぬのふぐり)まで咲いている。この状況を「まだ」と表現すべきか「もう」と表現すべきかなんとも言えないが、新芽を出した烏野豌豆(からすのえんどう)から「もう」が正解かな、などと思いつつカメラに収める。
 おそらく、これからやってくる本格的な寒さで枯れてしまうのだろうが、多分、それを繰り返しながら、本物の春が来るのを待つのだろう。気候変動の中、まるで手探りをするような彼らの動きに、自然と生きる処世術のようなものを見た気がした。太古の昔から繰り返されてきたであろうその処世術に、生きるものの知恵と命の意味を知る。

 戦後70年、戦争も可能になるであろう安保法案は強行採決され、着々とその方向に進んでいるように見える。辺野古基地問題からも解るが、民意は無視され、情報は操作され、報道は中立という“まやかし”で本当の力を失っている。どんなに贔屓目に見ても、今や戦前と思わざるを得ないこの現状に、過去の教訓に学ばない“人”という生物の愚かさが見えてくる。当然そこには生きるものの知恵は感じられない。
 そんなことを考えながら歩く山麓辺り、風は、まだ秋の香りを残しながら頬を優しく撫ぜていく。果たして、今年はどんな冬が来るのだろう。
今日で11月は終わり、明日からはもう師走である。

◆    ◆    ◆
【掲載写真】
一枚目:街道からのんび荘に向う途中にある「妙琴ツツジ園」。駐車場から撮影したもの。桜は葉を落として枝だけとなってますね。
二枚目:同じく「妙琴ツツジ園」で見つけた烏野豌豆(からすのえんどう)。いくらなんでも早すぎる。実感です。
撮影日:2015年11月21日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 秋の装いに
 2015/10/28

 10月。大きな寒暖の差の日を繰り返しながらも、季節は変わりつつある。気がつけば、もう秋の向こうの季節が、今や遅しとその出番を待っている様子である。街中では、桜の葉が色付いて、早いものは落ち始めている。街路樹として植えられている銀杏の葉も、緑から黄色に色を変え始め、そろそろ秋の最後の演出に入っている。そんな街中を通り過ぎて、山麓公園辺りを散策してみれば、早々と散った桜の葉が、地面を覆っている。街中とは、まだあまり差異はないようだ。
 最低気温が8℃位まで落ると進むといわれる紅葉だが、山麓公園辺りのモミジも色を変え始めている様子、あと二週間もすれば、地面に敷き詰められた落ち葉と共に、浮き出すような色合いで訪れる人の目を楽しませてくれることだろう。
 のんび荘にあるモミジも、少しずつ色を変え、館を飾りつけるように覆いながら、風に揺れている。今年は、虫の被害も少ないようである。

 関税ばかりが騒がれるTPP。農産物だけではなく、全てのものが、経済競争に晒されることになる。例の、年金の運用失敗でも分かるが、我々の社会保証の金も、医療保険も、水も、全て経済主動の論理で動かされる。しかし、その本当の怖さを報じる報道機関はまだない。
 バブル崩壊で、経済の限界と、その歪を知ったはずのこの国。あの戦争で、悲惨さと、その無意味さ知ったはずのこの国。核の怖さを知っているはずのこの国。教訓を生かすことができない動きに、それを良しとしない者の思惑が見え隠れする。TPP、安保法案、原発、リニア新幹線も含めて、次世代に残してはならないものが山済みの昨今、いったい我々は何を学んできたのだろう。己を含めて、その責任の重さを痛感する今日である。
 何をどうすれば変えられるのか、正直分からないが、せめて、おかしな事には異議を唱えることは続けるべきだろう。今を生きる大人たちの責任として。

 こんなことを考えながら歩く山麓公園辺り、日差しはまだ暖かく、風はさわやかに通り過ぎてゆく。今年は、大きなエルニーニョ現象が起きていると聞いている。異常気象が予想される中、せめて社会の方向だけは間違わずに進んで欲しいと思うこの頃である。

◆    ◆    ◆
【掲載写真】
一枚目:街道からのんび荘に向う途中にある「妙琴ツツジ園」を走る「サイクリングロード」の桜の落ち葉。
二枚目:のんび荘にあるモミジ。先端から鮮やかに色付き始めている。

撮影日:2015年10月21日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 秋へ向う
 2015/09/30

 残暑が厳しいとの予報に、猛暑の夏を過ぎても遅い秋を想定していたが、残暑らしい気候ほとんど感じられず、最近では、朝晩肌寒さを感じることが多くなってきた。まだ扇風機が出ている我が家だが、それを仕舞う前に暖房機が欲しくなるような、そんな9月である。
 その9月も、気がつけばもう終わりを向かえる。この時期、晴れた日に、山麓辺りを散策してみれば、渡る風にはまだ夏の名残りを感じることができる。野草たちは、夏から秋へ、木々が色付く前にと種の保存の準備に余念がないよう様子。気候の不穏さを感じながらも、ここにはまだ季節と呼べるものが残っているようだ。

 先日、とんでもない法案が国会を通過してしまった。ほとんどの憲法学者が違憲性を指摘し、多くの民衆が異議を唱えていることを、完全に無視するような強行の採決である。この国の民主主義が終わったような不安感の中、この現状を見通して準備していたかのように、すでにいろんなものが進み始めている。
推し進める輩がなにを重視し、なにを目論んでいるかは今更言うに及ばないが、この先を担う者たちを考えた時、今を生きる我々大人たちに、その責任が大きく圧し掛かってくるのは確かだろう。

 そんなことを考えながら歩く9月の山麓は、夏の花から秋の花へと変わりつつある。足元に咲く小さな花が、歩く者の目を楽しませてくれる。これからこの野草たちは、実を結び、厳しい冬の向こうにある春に芽吹くべき準備に入る。
毎年のように繰り返される、この自然のサイクル。それを感じながら生きられる、そんなゆったりとした時間で発展して行く人の社会が実現できないものなのだろうかといつも思う。しかし、現実の世の動きは、経済発展という、まるで新興宗教に取り付かれたかのように、全く逆の方向に進みつつあるのは確かである。

 人は、どこから来て、どこに向うのか。いつも思うことだが、我々人も、この星に生きる一つの生物として、生きるという観点に立ち、本来の大きな流れを感じ取ることが出来ないものだろうか。

◆    ◆    ◆
【写真】
一枚目:「妙琴ツツジ園」に走るサイクリングロードの一番下段に道脇に咲いていた桜蓼(さくらたで)。群生すると結構綺麗です。
〇桜蓼(さくれたで)
タデ科イヌタデ属の多年草
学名:Persicaria conspicua
英名:なし

二枚目:「妙琴ツツジ園」に走るサイクリングロードの一番下段の道脇に咲いていた釣鐘人参(つりがねにんじん)。小さいけれど、釣鐘に似たその花が特徴ですね。
〇釣鐘人参(つりがねにんじん)
キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草
学名:Adenophora triphylla
英名:Ladybells、Nan sha shen

撮影日:2015年9月29日
撮影・コメント:クロコ


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