タイトル−のんび便り
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 ◆ 秋から冬へ
 2015/11/30

 やっと冬の気候になったのか、寒さが急に増した11月の下旬、安普請の我が住まいでは、日中でももう暖房が必要である。「冬はこんなもの」と粋がってみたいが、寄る年波のせいか、先日までの気温との格差に、我が身体は対応できないようである。なんにしても、この大きな寒暖の差はさすがに身に応える。先日までの温かさが恋しい今日この頃である。
 その温かった11月の中旬のこと。11月とは思えない気候になんとなく違和感を感じながらも、秋の名残りを残す山麓公園辺りを散策してみた。温かいとはいえ11月、木々は葉を落とし、遠めに見ても秋から冬へと変わり始めているのが分かる。冬枯れに向う風景は昔から好きだったが、今年は少々雰囲気が違うようだ。
 ふと足元を見ると、烏野豌豆(からすのえんどう)が芽を出している。これはさすがに驚いたが、周りを見れば、酢漿草(かたばみ)、犬の陰嚢(いぬのふぐり)まで咲いている。この状況を「まだ」と表現すべきか「もう」と表現すべきかなんとも言えないが、新芽を出した烏野豌豆(からすのえんどう)から「もう」が正解かな、などと思いつつカメラに収める。
 おそらく、これからやってくる本格的な寒さで枯れてしまうのだろうが、多分、それを繰り返しながら、本物の春が来るのを待つのだろう。気候変動の中、まるで手探りをするような彼らの動きに、自然と生きる処世術のようなものを見た気がした。太古の昔から繰り返されてきたであろうその処世術に、生きるものの知恵と命の意味を知る。

 戦後70年、戦争も可能になるであろう安保法案は強行採決され、着々とその方向に進んでいるように見える。辺野古基地問題からも解るが、民意は無視され、情報は操作され、報道は中立という“まやかし”で本当の力を失っている。どんなに贔屓目に見ても、今や戦前と思わざるを得ないこの現状に、過去の教訓に学ばない“人”という生物の愚かさが見えてくる。当然そこには生きるものの知恵は感じられない。
 そんなことを考えながら歩く山麓辺り、風は、まだ秋の香りを残しながら頬を優しく撫ぜていく。果たして、今年はどんな冬が来るのだろう。
今日で11月は終わり、明日からはもう師走である。

◆    ◆    ◆
【掲載写真】
一枚目:街道からのんび荘に向う途中にある「妙琴ツツジ園」。駐車場から撮影したもの。桜は葉を落として枝だけとなってますね。
二枚目:同じく「妙琴ツツジ園」で見つけた烏野豌豆(からすのえんどう)。いくらなんでも早すぎる。実感です。
撮影日:2015年11月21日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 秋の装いに
 2015/10/28

 10月。大きな寒暖の差の日を繰り返しながらも、季節は変わりつつある。気がつけば、もう秋の向こうの季節が、今や遅しとその出番を待っている様子である。街中では、桜の葉が色付いて、早いものは落ち始めている。街路樹として植えられている銀杏の葉も、緑から黄色に色を変え始め、そろそろ秋の最後の演出に入っている。そんな街中を通り過ぎて、山麓公園辺りを散策してみれば、早々と散った桜の葉が、地面を覆っている。街中とは、まだあまり差異はないようだ。
 最低気温が8℃位まで落ると進むといわれる紅葉だが、山麓公園辺りのモミジも色を変え始めている様子、あと二週間もすれば、地面に敷き詰められた落ち葉と共に、浮き出すような色合いで訪れる人の目を楽しませてくれることだろう。
 のんび荘にあるモミジも、少しずつ色を変え、館を飾りつけるように覆いながら、風に揺れている。今年は、虫の被害も少ないようである。

 関税ばかりが騒がれるTPP。農産物だけではなく、全てのものが、経済競争に晒されることになる。例の、年金の運用失敗でも分かるが、我々の社会保証の金も、医療保険も、水も、全て経済主動の論理で動かされる。しかし、その本当の怖さを報じる報道機関はまだない。
 バブル崩壊で、経済の限界と、その歪を知ったはずのこの国。あの戦争で、悲惨さと、その無意味さ知ったはずのこの国。核の怖さを知っているはずのこの国。教訓を生かすことができない動きに、それを良しとしない者の思惑が見え隠れする。TPP、安保法案、原発、リニア新幹線も含めて、次世代に残してはならないものが山済みの昨今、いったい我々は何を学んできたのだろう。己を含めて、その責任の重さを痛感する今日である。
 何をどうすれば変えられるのか、正直分からないが、せめて、おかしな事には異議を唱えることは続けるべきだろう。今を生きる大人たちの責任として。

 こんなことを考えながら歩く山麓公園辺り、日差しはまだ暖かく、風はさわやかに通り過ぎてゆく。今年は、大きなエルニーニョ現象が起きていると聞いている。異常気象が予想される中、せめて社会の方向だけは間違わずに進んで欲しいと思うこの頃である。

◆    ◆    ◆
【掲載写真】
一枚目:街道からのんび荘に向う途中にある「妙琴ツツジ園」を走る「サイクリングロード」の桜の落ち葉。
二枚目:のんび荘にあるモミジ。先端から鮮やかに色付き始めている。

撮影日:2015年10月21日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 秋へ向う
 2015/09/30

 残暑が厳しいとの予報に、猛暑の夏を過ぎても遅い秋を想定していたが、残暑らしい気候ほとんど感じられず、最近では、朝晩肌寒さを感じることが多くなってきた。まだ扇風機が出ている我が家だが、それを仕舞う前に暖房機が欲しくなるような、そんな9月である。
 その9月も、気がつけばもう終わりを向かえる。この時期、晴れた日に、山麓辺りを散策してみれば、渡る風にはまだ夏の名残りを感じることができる。野草たちは、夏から秋へ、木々が色付く前にと種の保存の準備に余念がないよう様子。気候の不穏さを感じながらも、ここにはまだ季節と呼べるものが残っているようだ。

 先日、とんでもない法案が国会を通過してしまった。ほとんどの憲法学者が違憲性を指摘し、多くの民衆が異議を唱えていることを、完全に無視するような強行の採決である。この国の民主主義が終わったような不安感の中、この現状を見通して準備していたかのように、すでにいろんなものが進み始めている。
推し進める輩がなにを重視し、なにを目論んでいるかは今更言うに及ばないが、この先を担う者たちを考えた時、今を生きる我々大人たちに、その責任が大きく圧し掛かってくるのは確かだろう。

 そんなことを考えながら歩く9月の山麓は、夏の花から秋の花へと変わりつつある。足元に咲く小さな花が、歩く者の目を楽しませてくれる。これからこの野草たちは、実を結び、厳しい冬の向こうにある春に芽吹くべき準備に入る。
毎年のように繰り返される、この自然のサイクル。それを感じながら生きられる、そんなゆったりとした時間で発展して行く人の社会が実現できないものなのだろうかといつも思う。しかし、現実の世の動きは、経済発展という、まるで新興宗教に取り付かれたかのように、全く逆の方向に進みつつあるのは確かである。

 人は、どこから来て、どこに向うのか。いつも思うことだが、我々人も、この星に生きる一つの生物として、生きるという観点に立ち、本来の大きな流れを感じ取ることが出来ないものだろうか。

◆    ◆    ◆
【写真】
一枚目:「妙琴ツツジ園」に走るサイクリングロードの一番下段に道脇に咲いていた桜蓼(さくらたで)。群生すると結構綺麗です。
〇桜蓼(さくれたで)
タデ科イヌタデ属の多年草
学名:Persicaria conspicua
英名:なし

二枚目:「妙琴ツツジ園」に走るサイクリングロードの一番下段の道脇に咲いていた釣鐘人参(つりがねにんじん)。小さいけれど、釣鐘に似たその花が特徴ですね。
〇釣鐘人参(つりがねにんじん)
キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草
学名:Adenophora triphylla
英名:Ladybells、Nan sha shen

撮影日:2015年9月29日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 梅雨が明け
 2015/07/25

 梅雨が明けて、いよいよ本格的な夏かと思いきや、梅雨明け宣言を聞いた途端の雨と低めの気温に、今年も、不穏な夏になるのかとやや不安にもなったが、ようやく30℃を超える真夏の気温になってきたようだ。南の海にうごめく台風が気になるところだが、本格的な夏はこれからということだろう。土用を過ぎ、大暑を過ぎたが、台風の影響なのか、今ひとつはっきりとした天気にならなかった先日まで、しかし、なんとか夏の日差しが戻ってきたようだ。昨年、日照の少なさに悩まされた農家は、多分ホッとしていることだろう。
 そんな夏の空を眺めながら、久しぶりに山麓辺りを散策してみた。来月の8月は無休の営業となる「のんび荘」を横目に見て、上段の「妙琴ツツジ園」まで歩いてみる。気温もさることながら、湿度もかなり高いのだろう、少し歩いただけでも汗が吹き出てくる。そんな汗ばんだ身体に、川風が心地良く吹き抜けてゆく。扇風機を始め、クーラーなどの冷房機器を使用しない私だが、この自然のクーラーともいえる清涼感は何ともいえないものがある。できれば終日この山の麓に居たいものである。

 違憲という事実と、民衆の80%近くの疑問の声を無視するようにまかり通ってゆく法案。二院制が全く機能しなくなったと言っても良い今日では、どんな形にせよ、衆院を通った法案は、ほぼ確実に決まってしまうのが現状だろうか。それを阻止できるか否かは、民衆の意識と行動にかかっているように思うが、小さな叫びから大きなうねりへ、若い世代を中心に、そんな動きが見え始めたことは明るい材料と言っても良いのだろう。平和な社会と豊かな自然環境、せめて次世代には、それぐらいは残してやりたいもの、今を生きる大人たちの責任が、益々大きくなっていくのは確かのようである。
 暑い日差しの中、そんなことを考えてながら歩く私の頬を、汗が無遠慮に伝って流れていく。今年は扇風機くらいは出そうか。

◆    ◆    ◆
【写真】
一枚目:街道から「のんび荘」に向う途中にある、妙琴ツツジ園で見つけた、アメリカ朝顔。名前の通り、中央アメリカから南アメリカが原産の帰化植物。ヒルガオ科サツマイモ属の一年草である。学名は Ipomoea hederacea、英名は Ivy-leaved morning gloryというらしい。

2枚目:同じく、妙琴ツツジ園で見つけた、鬼田平子(おにたびらこ)。
こちらは、キク科オニタビラコ属の越年草。学名は Youngia japonica、英名は Oriental false hawksbeardということです。

撮影日:2015年7月24日
撮影・コメント:クロコ


 ◆ 梅雨の向こう側
 2015/06/23

 6月になり、甲信地方も梅雨入りした。昨年より3日ほど遅かったものの、平年との差はないということだ。そんな6月も中盤を過ぎ、山麓を飾り立てていた花々も少なくなってきた。それでも、地面に目をやれば、種(しゅ)を増やすべく野草たちが必至で花をつけている。春に花をつけるもの、夏に花をつけるもの、その繁殖方法はさまざまだが、これから夏に向って野草たちの勢力争いは本番となる。
 この時期、雨の合間に、梅雨空を眺めながら山麓公園辺りを散策して見るのも面白い。蒸し暑さの中、風が自然の持つ本来の清涼感を感じさせてくれるだろう。

 なにやらきな臭い法案が、会期延長までさせて審議されているようだ。違憲だ!合憲だ!と騒いでいるようだが、九条を読んでみればその答えは明白だろう。戦後、平和国家の幻想の下、その総括も出来ずにここまで来たが、気がつけば、すでに戦前の様相である。
 奇しくも、今日6月23日は沖縄慰霊の日である。そんな沖縄に目を向けてみれば、いまだ戦後は終わっていないことを実感できる。まだ遅くはない、今のこの国の向っている方向を正面から捉え、その先を真剣に考えていく必要を強く感じる。
 そんなことを考えながら歩く山麓の空は雲に覆われている。そろそろ梅雨も後半、明けるまであまり豪雨にならないことを祈りながら、野草たちと共に夏を待つことにする。

◆    ◆    ◆
〇写真
一枚目:街道から「のんび荘」まで下りる道の途中にある妙琴ツツジ園に咲いている、掃溜菊(はきだめぎく)。
分類:キク科コゴメギク属の一年草
学名:Galinsoga ciliata
英名:Hairy galinsoga

二枚目:同じく、妙琴ツツジ園見つけた、蚤の綴り(のみのつづり)。
分類:ナデシコ科ノミノツヅリ属の越年草
学名:Arenaria serpyllifolia
英名:Thyme leaf sandwort。

撮影日:2015年6月17日。
撮影・コメント:クロコ


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